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バレエはどのように誕生し、どのような変化を経て、今に至るのか?バレエの歴史をご紹介します。

  • イタリアで生まれ、フランスで育ち、ロシアで発展したバレエ

    その起源には諸説があるものの、「イタリアで生まれ、フランスで育ち、ロシアで発展した」と記憶するのが一番分かりやすいです。ルネッサンス期のイタリアで生まれたクラシック・バレエは、王侯貴族の宮廷舞踊と変わらないものでした。動きもテクニックも今とは勿論全然違うものだったと言われています。 イタリアのバレエはメヂチ家の娘のカタリーナがフランス王のもとに輿入れするに当たってクラシック・バレエ好きのカタリーナと共にフランス宮廷で人気となります。続いてルイ14世が自身も踊るような大変なクラシック・バレエ好きだったために更に発展し、5つのポジションが確立され、基本がつくられました。

  • バレエ学校が設立、プロのダンサー養成へ

    1669年にパリ・オペラ座が建設され、1713年オペラ座バレエ学校が設立されるに到り、いよいよプロのダンサーが養成されます。1738年には現在も有名なワガノワ・バレエ・アカデミーがロシア初の帝室音楽演劇舞踏学校として設立されます。そしてオペラ座に代わり、ロシアにて、バレエの目覚ましい発展が移行して行くのです。

  • ロマンティック・バレエ

    19世紀には、ポアントの技術が既にあったと記されています。 諸説ある中で最も一般的なのは、マリー・タリオーニというバレリーナが「レ・シルフィード」(1832年に初演)の中で妖精として幻想的なポアントを本格的に駆使して踊ったとあることです。 この作品を始め「ジゼル」「パキータ」、1870年の「コッペリア」などはパリ・オペラ座で発表された作品で、この時代と作品は、ロマンティック・バレエと呼ばれています。

  • クラシック・バレエの確立

    1888年、フランスから招いた振付家マリウス・プティパによって「眠れる森の美女」「くるみ割人形」「白鳥の湖」など歴史にとどろく不朽の名作がロシアで生まれます。マリウス・プティパは、チャイコフスキーと組んでこの頃に、現在なお愛され続けるクラシック・バレエを確立したのです。

  • 技術の進化による衣装の変革

    その後バレエ技術は更に飛躍的に発展します。この発展した素晴らしい足さばきが良く見えるように今までの長いロマンティック・チュチュは短くなり、丈の短い現代の衣装のクラシック・チュチュができました。衣装の変革と足さばきの複雑化があいまって跳躍や回転の見せ場もぐんと増え、ロマンティック・バレエでは1回回るのがやっとでしたが、32回のフェッテ(連続回転)まで演じられるようになりました。

  • 伝説のバレエ・カンパニー「バレエ・リュス」

    ロシアで発展したクラシック・バレエに対抗するかのように同じロシア人によって伝説のバレエ・カンパニー「バレエ・リュス」が誕生します。この20世紀初頭に世界最強のバレエ団となった集団の演目は、古代エジプトやギリシアなどに題材を取り、かつてクラシックバレエが思いつきもしなかった斬新でエキゾチックなテーマでパリにセンセーションを巻き起こします。 このバレエ団はパブロワやニジンスキー、マシーン、バランシンなどの素晴らしいダンサーを抱え、音楽はラフマニノフ、リムスキイ・コルサコブやストラビンスキー、ドビュッシー、エリック・サティなど、美術においてはピカソ、マチス、シャガールそして台本はジャン・コクトー、衣装はココ・シャネルという、まさに時代を先取りする大芸術家集団の意欲とエネルギーに溢れていました。

  • 現代の振付家の理念

    現代的なバレエの振付家としては、モーリス・ベジャールやローラン・プティ、ウィリアム・フォーサイス、などがいます。彼らは形式的なバレエを打ち砕き、独自の世界を創造して行きました。 美麗でも技術的制限のあるクラシック・バレエと違い、人間の体を使った最大限の表現と技術を駆使して行くことが根底の理念となっています。

  • モダン・バレエの祖「イサドラ・ダンカン」

    モダン・バレエと言えば、絶対的な影響力で脳裏に浮かぶのはあの、有名なイサドラ・ダンカン(1878~1927年)でしょう。 彼女はバレエの稽古は拷問のようだと言い、ポアントや体をしめつける衣装を否定します。もっと自然でもっと人間的なダンスを求め、ギリシャ風のチュニックのような衣装で、裸足で踊りました。これがモダン・バレエの祖と言われた歴史に残されたほとんど伝説的な最初の踊り手です。

  • 更に革新、複雑化している現在のバレエ

    モダン・バレエはこの後、マーサ・グラハム(1894年~1991年)を代表とする優れた踊り手達によってアメリカを中心に発展して行きます。その後にグラハム・テクニックに反発するようにして彼女の高弟 マース・カニングハム(1919年~)などが斬新なテクニックを考案して行きます。ドラマ性を否定して、更に強烈なエネルギーの発露を求める傾向はコンテンポラリー・ダンスに顕著に見られ、音楽も多種多様になり、ハイテク技術の導入も関連して更に革新、複雑化してきているのが現在です。