-はじめに
みなさん「ダフニスとクロエ」という恋愛物語をご存知ですか?フランスの作曲家モーリス・ラヴェルが作曲したバレエ音楽であり、ロシアのバレエダンサー・振付師ミハイル・フォーキンが振付したバレエ作品です。また、多くの画家たちも二人の純愛に心動かされ、絵画作品を残しました。挿画本としては、1902年のボナール、1961年のシャガールが特に知られています。今回は、たくさんの芸術家に愛された「ダフニスとクロエ」について詳しくご紹介します!
■ バレエ「ダフニスとクロエ」とは
バレエ「ダフニスとクロエ」は、2~3世紀古代ギリシャのロンゴスによる物語「ダフニスとクロエ」を題材にしていて、全3場からなるバレエで、バレエリュスにより1912年に初演されました。振付は直前に「ペトルーシュカ」や「火の鳥」も手掛けたミハイル・フォーキンでした。初演のあと、1920年代にはパリオペラ座バレエの演目に加えられ、その後フレデリック・アシュトンなどにより新しい振付が施され、初演から100年を経過してもなおバレエのレパートリーとして生き残っています。
■ 「ダフニスとクロエ」の登場人物
・ダフニス:主人公である山羊飼いの少年・クロエ:主人公である山羊飼いの少女
・ドルコン:ダフニスの恋敵となる若い牛飼い
・リュセイオン:ダフニスを誘拐しようとする好色な人妻
・ブリュアクシス:海賊の首領
・第一のニンフ、第二のニンフ、第三のニンフ
・パン神:半獣神。バレエでは巨大な影として表現される
・ラモン:パン神がクロエを救った理由を説明する老いた山羊飼い
■ 「ダフニスとクロエ」のあらすじ
第1場:神聖な森にある牧草地
―序奏と宗教的な踊り―ギリシャのレスボス島の物語。暖かい春の日の午後。若い男女たちがニンフ(ギリシャ神話の精霊)への供え物をするために登場します。供え物を捧げた若者たちは輪になって踊りを楽しみます。
―宗教的な踊り―
そこへ山羊飼いの少年ダフニスと山羊飼いの少女クロエも登場します。
美青年のダフニスに魅かれた若い娘たちは、ダフニスを囲むように踊ります。それを見たクロエは初めて嫉妬という感情を感じますが、そのクロエもまた若い男たちの踊りの中に引き込まれていきます。そこへ牛飼いのドルゴンが現れクロエに迫っていくと今度はダフニスが嫉妬します。
―全員の踊り―
クロエに想いを寄せるドルゴンは、ダフニスに挑戦をしかけます。
踊りで競って勝った方がクロエからのご褒美の口づけをもらう約束をします。
―ドルゴンのグロテスクな踊り―
ドルゴンのグロテスクな踊りは周りを囲む若者たちから笑いものにされてしまいます。
―ダフニスの優雅で軽やかな踊り―
次にダフニスが優雅で軽やかな踊りを披露すると周りを囲む若者たちはダフニスを勝者と決定します。お互い惹かれ合うダフニスとクロエは抱き合い口づけを交わします。舞い上がるダフニスを残してクロエは若者たちに紛れてその場を去ります。
―リュセイオンの踊り―
そこへ好色な人妻のリュセイオンが現れ、ダフニスの後ろからそっと目隠しをします。クロエがふざけているものと勘違いをしたダフニスでしたが、リュセイオンだと知って驚きます。ダフニスを誘惑するように踊るリュセイオンでしたが、やがて困惑するダフニスをあざ笑うように立ち去っていきます。それと同時に突如、海賊の一団が攻め寄せてきます。ダフニスはクロエの身を案じ駆け出しますが、クロエは海賊に見つかりさらわれてしまいます。ダフニスはクロエが海賊にさらわれたことを知りショックで倒れ込んでしまいます。
―夜想曲―
この世のものとは思えない不思議な光に辺りが包まれると三人のニンフが舞い降り、ゆっくりと神秘的な踊りを始めます。ニンフらは倒れているダフニスを蘇生させるとパン神(ギリシャ神話の神)に似た大きな岩の下へダフニスを導きます。ニンフらはパン神を呼び出し意識を取り戻したダフニスはパン神に対して跪きクロエの無事を祈ります。
―間奏曲―
第2場の舞台を予兆させるかのように遠くで海賊たちの声が聴こえ、それが近づいてくるかのように第1場を終えます。
第2場:切り立つ岩に囲まれた海岸、海賊ブリュアクシスたちの陣地
―戦いの踊り―野性的でエネルギッシュな海賊の踊りが始まります。海賊の首領ブリュアクシスの前に連れてこられたクロエは踊るように命ぜられます。
―クロエの哀願の踊り―
クロエは踊りながらもタイミングを見てその場を逃れようとしますがすぐに捕まり引き戻されます。クロエを手籠めにしようとするブリュアクシスはクロエを引き寄せようとしますが、クロエは助けてくれるよう懇願します。その時辺りは急に怪しい気配に包まれ、無数の精霊たちと共にパン神の巨大な影が現れると恐怖にかられた海賊たちは仰天して逃げ出していきます。
第3場:夜明け前の神聖な森にある牧草地
―夜明け―徐々に夜が明け、鳥のさえずりが聞こえてくると、遠くを羊飼いと羊の群れが通り過ぎます。羊飼いたちは倒れ込んだダフニスを見つけると彼を目覚めさせます。そこへ別の羊飼いたちに連れられたクロエが姿を現し、ダフニスとクロエは抱き合いながら再会を喜んだのでした。
―無言劇―
そこへ年老いた羊飼いのラモンが現れ、「クロエを救ってくれたのはパン神であり、昔パン神がニンフのシランクスに恋した時のことを思い出し助けてくれたのだ」と聞かせます。そしてダフニスとクロエが、パンとシランクスの物語をパントマイムで再現します。
―全員の踊り―
そこへ若者たちがなだれ込み、熱狂的な踊りを繰り広げ終幕します。
■ ラヴェルの音楽と第2組曲の解説
モーリス・ラヴェルは1875年生まれ、19世紀後半から20世紀前半にかけて活躍した、印象派を代表するフランスの作曲家です。ラヴェルの特徴は緻密に計算された音楽構成と、ジャズなどの音楽的要素を上手く取り入れた点にあります。ピアノ、管弦楽、オーケストラ、バレエ曲など多岐に渡るジャンルで偉大な才能を発揮し数多くの名曲を世に残しました。「ボレロ」「ダフニスとクロエ」などの卓越したバレエ音楽を作曲し、絶大な人気を獲得しました。今回はラヴェルの曲の中でも有名な「ダフニスとクロエ」第2組曲の解説をしていきます。
(1) 夜明け
フルート等の木管楽器の奏でるとても繊細な細かい音型に乗って弦楽器がゆっくりと白んでゆく幻想的な夜明けを表現します。弦楽器の演奏も落ち着いてくると、小鳥たちが鳴くようにヴァイオリンやフルート、ピッコロがそれぞれフレーズを重ねていきます。木管楽器を従えた弦楽器は大きなうねりを作り更に曲を盛り上げていき、高揚しきった旋律がクライマックスを迎えるとオーボエが老いた山羊飼いのラモンを表す新しい旋律を奏でます。
(2) 無言劇
幻想的な弦楽器のやわらかい音が続きます。オーボエとコーラングレが新しい旋律を奏でるとダフニスとクロエがパンとシランクスの物語を「無言劇」(パントマイム)で演じます。曲は少し怪しげな表情を覗かせると、フルートのソロが凛とした響きを聴かせます。フルートの長いソロは幻想的で美しくとても魅力的です。この長いソロの後も1番フルートと2番フルートが交代で幅広い音域の音階を急速に駆け巡り、まるで何処かへ逃げていくように走り出します。フルートが落ち着いてゆっくりになると、音楽は美しい旋律と和音の響きに包まれながら、朝もやの中に溶け込んでいくかのように静かに消えていきます。
(3) 全員の踊り
4分の5拍子で描かれる熱狂的な踊りです。ここでもE♭管クラリネットのソロが印象的です。このソロはクラリネットとトランペットが加わり、曲はどよめきを交えるようにしながら次第に盛り上がっていきます。木管楽器は半音階的な細かい動きを繰り返しながら徐々にクライマックスへと導いていきます。蓄積したエネルギーが爆発するかのように盛り上がってラストを飾ります。
■ 「ダフニスとクロエ」おすすめ動画
英国ロイヤルバレエ団の「ダフニスとクロエ」。ダフニスをフェデリコ・ボネッリ、クロエをアリーナ・コジョカルが演じています。